Problem children
職員会議４
エクスデスがパンデモニウムを出ると、ちょうど教室を覗きこんでいたケフカと鉢合わせした。
そういえば確か、あのちびといっしょにいた娘はこの道化の担当だったか。
「そんなに心配ならば、きちんと指導してやればよかろうが」
ケフカはちらりと目を向けてきたものの、また覗き見の作業に移る。「心配なんかしてないよ。観察」
エクスデスは兜頭を振った。あのティナという娘が天才的な知能を持っているということは、教師仲間では知らぬ者はいない。だが、それも無意識下での測定結果だ。人間性の成長とそれとはまた、別の問題である。
しかし、ケフカはその天才的頭脳を開花させようと必死になっていた。先ほども、なにやら暗闇の雲に耳打ちしていたようだが……。
「あれは正気の光に目醒めつつあるな。おまえの計画は無駄だ、ケフカ」エクスデスは低く釘を刺すように言った。
「無駄だって？」数学教師はピエロメイクの下で非常に不機嫌な顔になって振り返ってくる。「おまえは忘れたのか？ 以前の全異世界模試であの娘が見せたすさまじい証明論を！ シュレーディンガーの猫だって裸足で逃げ出すくらいの突拍子もない発想を！」
エクスデスは首を振った。といっても肩の線といっしょになってしまった曖昧なそれは、わずかに軋むような動きをしただけだ。「先の試験では、あの娘は空虚な器にすぎなかった。個性もなく、ただの宇宙的思考を持つ人間コンピュータのようなものだ」そしてパンデモニウムのほうを振り返るように身じろぎする。「しかし、いまは違う。明らかな意志を持って行動していることに、おまえも気づいているだろう？」
ケフカは目を細めた。「だからどうした？」
「諦めろ。彼女は、もはやカオス理事の駒ではない。れっきとしたコスモスの問題児よ」
だが、ケフカは諦めそうになかった。そしてエクスデスにはこれ以上のことを言うべき義理もない。
なにをしようというのか知らんが、姑息な手段はおそらく無駄で無意味なものになるだろう。
まあいい、わしはわしの問題を片づけんと。バッツという生徒はチョコボやサルと遊んでばかりで、ちっとも授業に出ない。
どうあっても無という落ちついた思考に囚われることのない問題児に、どうやって合格点を取らせてやれるものなのか……教師というものも、なかなか難しい職業だ。やれやれ。
＊＊＊
クリスタルワールドと呼ばれる芸術教室ではクジャが自作の詩を練っていた。
広い荒野に見えるその教室は意外に声が通り、悲鳴であろうと単なる叫び声であろうと、細く長く反響して壮大な音楽にまで昇華させてくれる。
「人はなぜ、夢を見る――」クジャは朗々と詠おうとして、しかし、眉を寄せた。「なにか違うな。もっとこう……僕のオリジナリティーが欲しいところだけど」
「相変わらず耳障りな」
不意に聞こえてきた不愉快そうな女の声に、クジャはじろりと目をおろした。
彼の立つ円形の高い足場の下、やはり円筒をふたつ繋げたような舞台の上に、黒い羽根のショールをまとい、長い赤いドレスの女が立っている。長い銀の髪は後ろで結わえられ、両側にぴんと角のようになっていた。
「なんだって？」とクジャはあらためて彼女を睨みつける。「なんて言った、アルティミシア」
「耳障りだと申しあげたのよ。聞こえませんでした？」アルティミシア――女ながら物理学教師を名乗る彼女は、ふふんと鼻で笑ってくれる。「大量生産品のジェノムがオリジナリティーを追求しようなどと、無駄なことを」
かっとして、クジャは左手に魔力を集めた。「もう一度言ってみろ、このくそババア！」
「あら、口汚いこと」アルティミシアは口もとに手を当て、わざとらしく目を見ひらく。「教師としても三流なら、詩人としても才能を疑いますわね。まあ、どうせ、ただの人形」
「人形だって？」
「そうでしょう？ あなたはただひとつの目的のために作られただけのもの」
「嘘だ！ そんなこと……」
喚きながら、クジャは自身の記憶をひっかきまわした。彼はこの世界、この学園に現われてからそれほど時間は経っていない。記憶を取り戻すほどの猶予は与えられていなかった。彼は確かに作られた生命、ジェノムという存在ではあったが、優れた力と自己認識力を持っていると自負していた。
だから大量生産品と言われてむっとし、人形と言われて動揺したのだ。
アルティミシアはどういうつもりか、そんな彼に追い打ちをかけるように冷たく言葉を続ける。「残念ながら真実です。あなたは偽りの器にすぎないのですよ」
「僕を見くだすな！」クジャは叫んだ。彼は自分の才能を認めようとしない連中にはうんざりしていたものだ。だが、見くだされるのはもっと気分が悪い。
アルティミシアは軽く肩を竦め、両手を広げる。「見くだしたくもなりましょう。生徒ひとり、まともに指導できないのでは……」
「ジタンは僕に反抗しているだけさ。僕の才能に太刀打ちできないんで、やっかんでいるんだ」
「それはどちらのことやら」
クジャはぱっと跳びあがると、素早く滑空してアルティミシアの立つ場所へと瞬時に移動した。そして手にしていた魔力をバーストエナジーとして爆発させる。
だが、アルティミシアは笑いながら身を翻してよける。爆発に巻きこまれたのは黒羽根のショールの一部だけだった。
「あらあら」
「うるさい！」クジャは拳を作って意気込んだ。「見ているがいい。僕は誰よりも完璧に教育指導を遂行する。そして証明してみせるさ……きみたち以上の教師だってことをね！」
＊＊＊
立ち去る芸術教師の姿を見送りながらアルティミシアは疲れた吐息をついた。
「哀れな子。まあ、能天気なサルの相手にはちょうどよいのかもしれませんね」
皇帝には悪いけれど、ここはコスモスの問題児たちに進級してもらわねばならないのだ。でなければ、この学園は完全にカオスのものとなり、神竜が出てきてしまう。そうなると、この学園は新学期から仕切りなおしだ。
理事の力が同時に存在している以上は、ルフェインという幻の総理事長が出てくることもなく、彼女は彼女で自分の求めるべき世界を自由に思い描くことができるというもの。
あのクジャという新米教師にしても、またわけもわからず新しい教育方針のもとで生徒指導をするのもいやでしょうし……あの他人の才能を妬む心がなければ、あれでもまともな教師なんでしょうけれどね。
しかし、アルティミシアにもいつまでも他人を気遣っている余裕もなかった。
彼女の担当する生徒、スコールは孤高の獅子とまで呼ばれるほどの秀才だ。努力家で成績は常にトップ。アルティミシアがいやがらせに難しい問題集を投げ与えようと、いつのまにかどうにかしてやり遂げてしまう。
まあ、努力とその結果、そしてそれをやり遂げるだけの力量は認めましょう。けれど……なんのために学校にいるのか、あの子はちっとも理解していない。
もう少し友達を作ってもらわないと……さて、どう、けしかければいいのか。
そのおどろおどろしいメイクと素肌にファー付きのロングドレスという、いささかきわどい衣装を身にまとうがゆえに、その性格を誤解されがちではあるものの、彼女は意外に母性愛にも満ちた生徒思いの教師であった。
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