１
ぼう、と汽笛が鳴った。
波間に遊んでいたカモメたちがいっせいに飛び立ち、まるで船の行く先を先導するがごとく、青い海と青い空の境目へと弧を描いて消えていく。
巨大な客船は陽光のなか、白く麗しいその姿を埠頭に横たえ、港の人々を見おろしていた。
いよいよ、この船で出発するのだ。
セフィロスは感慨深げに目を閉じた。
レトロな蒸気機関に見せかけてはいるものの、この船はちゃんと最新鋭の圧縮エンジンを載せている。いったん走り出せば循環水流で加速するから、それこそ滑るように大洋を駆け抜けるのだ。波に跳ねあがるフェリーとは違う、どっしりとした大きな船体は、おそらくどんな嵐にもびくともしないに違いない。
そしてこの船旅は、彼らにひととき、陸(おか)での鬱陶しい出来事の数々を忘れさせてくれるだろう。
そう、セフィロスの横にはクラウドがいるはずだった。
金髪の天使はあの透き通るような青い目でこの豪華客船を見あげ、甲板を走りまわっては驚きと期待の叫びをあげてくれる……はずだった。
「嬉しいよ、セフィロス」と、彼は興奮したまま抱きついてくるのだ。「おれたち、これに乗って、ふたりっきりで世界一周するんだな！」
そうとも。
うるさいサルはいないし、野良チョコボがどこからか現われることもない。クラウドさえ退屈しなければ召喚獣どもも邪魔をせんでくれるはずだ。海のモンスターは少なく、船の上までクラウドに挨拶しに来ることもないだろう。
たっぷり十日間、一等船室とレストランを往復し、甲板で日向ぼっこして過ごすのだ。
いつもと違うのんびりさの中で、俺たちはより深く絆を確かめあうわけだ。俺はそのために苦労してこのチケットを手に入れたのだからな。
それなのに。
それなのに……。
「なぜおまえが埠頭にいるのだ、クラウド！」セフィロスは甲板の手すりから叫んだ。
下方ではセントラの小さな国旗をぱたぱたと振っているチョコボ頭。「行ってらっしゃーい」
「どうしてこうなる？」
「そりゃ、あんたが悪い」クラウドに手を振りながらザックスが呟いた。「あいつが乗物酔いひどいってわかってて、どうしてこういう旅を計画するかね」
「だからといって、なぜおまえと十日も船旅をしなければならんのだ！」
「だって、クラウドがおれにチケットくれたんだもん」
「ああ、クラウド……人の気も知らんと」セフィロスは甲板の手すりに突っ伏し、涙をこらえた。
「ま、とにかく、南半球をぐるりんとまわって辺境の地エスタまで、よろしくな」
この船の目的地はエスタ大陸の東南に位置する小さな島である。セントラ・マリン・トラベル・エージェンシーはその島をサファリアイランドと名づけ、自然豊かな無人島でアドベンチャー三昧という、豪華な触れこみのツァーを用意したのだった。
自然、無人島、冒険三昧、どれもクラウドの好きそうなものばかりではないか。なぜ船酔いぐらいで諦められるのだ？
いや、もしかしたら、ザックスがなにか余計なことを吹きこんだに違いない。
セフィロスは隣に立つハリネズミ頭を睨みつけた。「おまえと、よろしくなどできるものか」
「冷てえなあ……」
「ふん」
「クラウドはカシュクバール丘陵から陸地伝いにエスタ入りしておくってさ」
セフィロスは彼を振り返った。「なんだと？」
「セントラからなら、そのほうが早いし。あいつのことだから、あの狭い海峡ぐらいひと飛びだろ」
船は世界一周とコピーを打っていたが、そう聞くと、なにやら虚しいものがあるな。
大型客船はゆっくりと港を離れていった。
＊＊＊
セントラの国旗を振っていたクラウドは、船が見えなくなってから、ふと背後を振り返った。
目をあげれば、顕現はしていないものの召喚獣の気配。「あれ、テュポーン？」
召喚獣はくるくるっとつむじ風を起こして埠頭にいる人々のあいだをすり抜ける。帽子が飛び、見送りの旗がいくつも空に舞いあがって鳥のように青空を彩った。女の子たちのスカートがひらひら踊るのに、ちょっとばかり目をやってしまったのは、やっぱりクラウドも男の子。
風の召喚獣はご機嫌なまま海風と合流すると、クラウドのまわりを何度かまわって、そのまま水平線のほうへと飛んでいった。
「なんだ、あいつ」
風属性の召喚獣って、よくわからないところあるよな。まあもともと、あいつらの考えることなんか理解できるわけないけどさ。
「さて、と。エスタへの旅支度しなくちゃ。カシュクバールの手前でチョコボたちに捕まらなきゃいいんだけど」彼は髪をかきまわしながら溜息をついた。「そういえば、あっちのほう、このあいだ（二百年ぐらい前）、《月の涙》あったんだよな。いま、どんなモンスターが棲んでたっけ」
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