３
輝く太陽、青い海原。それらを周囲に置いてパラソルの下でくつろぐのは、素晴らしく開放的な気分だ。
投げ出した足のすぐむこうには大きな円形プールがあり、若い男女が水と陽光をたっぷりと浴びてはしゃいでいる。中には若すぎるのや、若かったと言ったほうがいい女性もいるが、ザックスの目はそれらを避けてさまよった。
彼の隣ではセフィロスがむっつりと腕を組み、ロングコートに身を包んだまま、プールサイドに胡坐をかいて真正面を睨みつけている。「なぜ、船にプールなぞあるのだ」
「いや、やっぱり海と空にかこまれりゃ、泳ぎたくなるだろ」
「泳ぎたければ海に飛びこめばよかろう」
あのなあ。「クラウドなら、そういうことやっても走る船に追いついて帰ってくるかもしれねえけどな」
「ザックス」セフィロスは不機嫌に唇を歪める。「しばらくその名前を口にするな」
「なんで」
「なぜ俺がここでおまえと並んでくつろいでいなければならんのか、考えたくもないのだ！」
「じゃ、考えなきゃいいだろ」
「名前を聞けばチョコボを思い出すではないか」
「へいへい」ザックスは首を竦めてみせた。もう突つくのはやめておこう。へたすりゃ降りるとか言って、ご本人が海に飛びこみそうだ。
セフィロスはゆっくりと立ちあがり、ふと頭上を振り仰ぐ。そして、むう、とますます不機嫌そうな網かけ効果が放出された。
「……鬱陶しい」
「あん？」ザックスは寝そべったまま彼を見あげる。
セフィロスはいきなり正宗を取り出し、鋭く横に薙いだ。
ザックスは咄嗟にビーチチェアから転がり落ち、その剣閃を避ける。「なんだなんだ、いきなり」
チェアの縁に手をかけて身を起こしたとき、今度は強風がザックスをのけぞらせた。まさか、ぶち切れてトルネドぶっ放したんじゃあるまいな。
プールの水が大きく波立ち、船体そのものがわずかに揺れた。人々がきゃあきゃあ叫びながら、プールからあがったり、ばしゃばしゃと水しぶきをあげてパニックしている。ビーチパラソルが二、三本、薙ぎ倒され、しゃがみこむ者が続出。
まあ、吹き飛ばされたやつがいないだけましか。
「セフィロス」ザックスは非難がましく彼を睨みつけた。
しかし鬼神は意にも介さなかった。「テュポーンだ。やたらとこの船にまといつきおって」
「テュポーン？ なんで」
「こういうでかい船が好きなのだろう」セフィロスは正宗を軽く振って消し、プールサイドから離れようときびすを返す。
「頼むから喧嘩しないでくれよ」
「遅かったな」
「あのよう」
しぶしぶプールのある後部甲板から出て、ベンチの並ぶ船縁をザックスはセフィロスについて歩いた。いやべつに、ふたりでくっついてる必要はねえと思うんだけどよ。このおっさん機嫌悪いもんだから、ちゃんと見張ってないと、あとでおれがクラウドに絞められるんだよなあ。なんか貧乏籤引いた気分。
ザックスは、ベンチに坐っておしゃべりしているミニスカートとホットパンツの女の子を見やった。ああ、なにが悲しくて彼女らの前を素通りしなきゃならねえんだ。
「なあ、ちょっとは知りあい作るとかしてみないか？」ザックスはセフィロスの銀色の後頭部に向かってぶつぶつと呟きかけた。「せっかくクラウドがいないんだし、色っぽい姉ちゃんと仲よくなれるチャンスだってのに」
「クラウドがいると声をかけられんのか？」
「弟連れたお兄ちゃんとしか見てもらえなくて」
「チョコボを連れたサルではなく？」
「そうすると、あんたはチョコボとサル連れたイカ太郎か」ザックスは海に向かって言った。「鬼退治はひとりでな」
「誰がイカ太郎で、なぜ鬼退治をしなければならん」
「とにかくさ」
「おまえは、とにかくだの、つまりだので、よくよく強引に話を打ち切るものだ」セフィロスは鼻を鳴らした。
だってよ、あんたもクラウドもしょっちゅう脱線するんだもん。ザックスは溜息をついた。「あんたもさあ、いいかげん女の子とぐらい、普通に話せるようになったらどうよ。そんなんだから、クラウドだって心配するんだぜ」
「普通に話しているではないか」セフィロスはじろりと彼を振り返る。「そもそも、俺は女などに興味はない」
「だから興味ぐらい――」
「おまえはいちいちやかましいぞ、トード！」
げえ、という悲鳴は、すでにカエルの鳴き声だった。ザックスは床にぽとりと落ち、すぐさま跳ねあがって、抗議のためにカエルの歌をうたってしまう。
「やかましいと言っておろうが」セフィロスはザックスをむんずと捕まえ、目線の高さまでわざわざ持ってきてから、ゆっくり低く囁いた。「サイレス」
あああ、ちくしょう、自分でもとに戻ることもできやしねえじゃねえか！ ザックスはセフィロスの手の中でじたばた暴れた。
と、セフィロスはあたりを見まわし、ベンチの女の子のほうへときびすを返す。
おおっ？ あんたがどうやって声かける？
「いいものを持っているな」セフィロスは彼女の手にあるジュースを指し示した。
だが声をかけられたホットパンツの彼女は、ベンチに坐ったまま茫然とセフィロスを見あげているだけだ。頼む、ぼうっとしないで、なんか反応してやってくれ。こいつが女の子に声かけたってだけでも滅多にねえことなんだよう。
ところがザックスの思惑は外れ、セフィロスは彼女の顔さえ見ていなかったらしい。しつこくジュースの瓶を指し示している。「それをもらっていいか？」
なんだ？ まじめにジュースが欲しいのか？ そんなん、どこにでも売ってる炭酸入りのオレンジジュースだぞ。
「え……」と、ようやく女の子は声を出した。「もう、ほとんどないですけど？」
「構わん」彼は瓶を受け取り、残りを飲み干した。
ザックスはセフィロスの秀麗な顔を見あげ、思わず震えあがる。
待てよ。ちょっと待て。そこまでやるか？
セフィロスは瓶とザックスを並べてぶらさげると、とてもとても優しく微笑んだ。「そうとも、初めから鬱陶しいものは、とっとと捨てるに限る」
やーめーろー。
セフィロスは瓶にザックスガエルを詰めこんだ。
＊＊＊
クラウドは非常に慎重に足音さえ殺して森を横切っていた。
セントラの東の外れ、緑豊かな山裾にある、ほとんど密林と言ってもいいほど青々とした葉を茂らせる樹木の群生地だ。
もちろん人は住んでいないし、棲息する動物もたいして危険ではない（クラウド主観）。
だが彼は虫さえ逃げることがないほど気配を殺し、じりじりと静かに森を横切っていた。
なぜかといえば、ここはチョコボたちがうんざりするほど棲息しているのだ。温暖で安全な森で食べものはあるし、人間はほとんど足を踏み入れないため、彼らはのびのびと暮らしている。
一時期、乱獲やでたらめな人工交配によって数の激減した鳥たちではあるが、いまはこうした深い森で順調に世代と世帯を増やしていっている。
そういう事情もあるから、チョコボたちは人間の足音を聞けば姿を隠してしまうものなのだが……。
どうして、おれには逆の反応を示すんだろう。
クラウドはたちまち見つかってしまった。
わっと集まってくる黄色い羽毛に揉みくちゃにされ、彼は興奮する鳥たちを宥めるのに忙しくなった。
「わかった、わかった、久しぶりだよな、うん」
一羽が挨拶の跳び蹴りを仕掛けてくるが、彼はどうにか避けた。巻きこまれた数羽がけたたましく鳴き吼え、喧嘩が始まる。
「わあっ」クラウドはひっぱられる荷物をひっぱり返した。「これはおれの食いもんだってば――ああ、穴あけやがって」
チョコボ相手にアルテマウェポン振りまわすわけにもいかないしなあ。これだから見つかりたくなかったんだよ。
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