４
ザックスは瓶のガラス越しに歪んだ空と陽光を見あげていた。
ゆらゆらと揺れる波がときおり、その空をかきまわす。
そう、彼はカエルのまま瓶に詰められ、海に捨てられてしまったのだ。
沈黙状態だから自分でトードを唱えてもとに戻ることもできやしない。瓶の口は狭く、セフィロスに強引に押しこまれてやっと通ったぐらいなのだ。どれほど身をくねらせたところで、自力で出られるわけもなかった。
そして豪華客船は水平線のむこうに消えていく。
広い海原には鯨の影さえない。
茫然としていたザックスは、ひときわ大きな揺れに、瓶の中でひっくり返った。
くすん。
助けてくれよ。
クラウドおお。
出ない声でそう叫んだザックスは、次の瞬間、盛りあがり、ぬうと立ちあがる海面を目撃した。
＊＊＊
セフィロスはパラソルの下で、若い女の子たちといっしょにチョコレートパフェを突ついていた。
先刻のプールサイドだが、ザックスがいないせいか、コートを脱いで黙ってくつろいでいただけで、数人の女たちが彼をかこんでいろいろと親切にしてくれる。もっとも、ジュースだのデザートだの、なぜか金を払うのはこちらだが、まあたいして気にすることもなかろう。
そうとも、初めからこうすればよかったのだ。
いわゆるハーレム状態で満足げな表情をたたえ、女の子たちの話に適当に合わせていたセフィロスだが、しかし頭の隅でどこか虚しい風が吹いていることも自覚している。
せっかく、ひとりなのに。
やかましいサルも足蹴にしてくれるチョコボもおらず、あれこれと行動を見張られ、魔法を使ったところでお仕置きされることもないというのに。
だいたい、あいつらは俺を馬鹿にしすぎる。見ろ、ザックスのように胡麻を擂らずとも、俺に寄ってくる人間はいくらでもいるのだ。話し相手に不自由することもまったくない。
クラウドのように、老若男女どころかモンスターにまでもてようとは思わんが……そもそも、あいつのもてかたというのは珍獣と紙一重だからな。いわば、パンダやエリマキトカゲのようなものだ。
そんなことを考えながら周囲の女性たちを見まわしたセフィロスは、ふと彼女たちがリスやタヌキやイタチに見えてしまった。
いかん、せめてペンギンのイメージにしてやらんと。
黄色い服を着たコウテイペンギンが忙しく口を動かしている横で、イワトビペンギンが手をこすりあわせて頷いている。マゼランペンギンはバナナパフェを平らげるのに夢中。
彼女らの背後では、コビトペンギンが列になって次々プールへ飛びこんでいた。
……虚しい。
なぜひとりきりになると、こうまで世界は単純化してしまうのか。
ペンギンしかいない豪華客船というのも不気味なものだ。
いや、こいつらは人間なのだが、なぜペンギンになってしまうのか……心なしか、喋っている言葉もだんだんわからなくなってきたぞ。
くそ、俺はただザックスを放り出しただけだ。
俺は少しのあいだ、ひとりで楽しみたかっただけだ。
それなのに全然楽しくない。
……不本意ではあるが認めよう。俺にはやはりチョコボとサルが必要なのだ。ひとりでは鬼退治をする気にもならん。
とそのとき、突然ペンギンたちが甲高い悲鳴をあげた。
ずずず、とセフィロスの背後から重いなにがしかの音が迫ってくる。
振り返れば海が壁になり、それを随えてリヴァイアサンがそびえ立っていた。
セフィロスは肩越しにそれを睨みつけ、ついで海蛇の頭上でくるくるまわっているふたつ頭の風の召喚獣を見出す。
「テュポーンめ、俺に追い払われたのを根に持ったか……」セフィロスはおもむろに立ちあがり、正宗を呼び出す。「しかし、リヴァイアサン一匹を味方につけたからと、俺に勝てるつもりでいるのか」
低く笑いながら彼は武器を構えた。
＊＊＊
クラウドは、なかば行き倒れ状態にあった。
チョコボにさんざん歓迎され、食糧はすべて彼らの嘴によって食い散らかされ、そのくせ満腹になるとみな解散してしまった。
森を出て峡谷に入り、通り抜けたところで山地を迂回して丘陵の足もとへと辿りつく。そこにはもう、草と石ころしかなかった。
「腹減った……」
呟いたところで牛がどこからか現われてくるわけでもない。
クラウドは仕方なく歩きつづけ、どんどん落ちこんでくる気分をなんとか支えながら広大なカシュクバール丘陵を横断していた。
ようやくなかばあたりまでさしかかった頃、今度はモンスターが彼に挨拶してくる。
背中から袋になった四つの腕を突き出し、その先には鋭い鉤爪のついたワイルドフックだ。
クラウドは、やあと手をあげた。
ワイルドフックも、やあと四つの腕を蠢かす。
しかしこのモンスターは不器用だった。あんまり複雑な動きをしようとしたためか、鉤爪の一本がクラウドの髪の毛をかすめて過ぎる。
クラウドはわずかに身を屈め、撫でられた髪を両手でかきまわしてもとどおり――あまり変わらなかったのだが――にした。「……ふうん、おれに喧嘩売るの。いい度胸じゃないか」
違う違うとばかりに、ワイルドフックは慌ただしく四つの爪を振りまわした。
ところでクラウドは、ちょっとばかり虫の居所が悪い。「謝っても遅い、アルテマ！」
ぎゅううううん、どこーん、と大気と丘陵とが震えた。
「あ」クラウドはアルテマウェポンを取り出したところで、後悔に眉をひそめる。「しまった、やりすぎた」
そこには、斬りつけるまでもなく黒焦げになり、小さく転がっている炭がひとつ。
彼はそれを拾いあげ、しかしすぐに横に放り出した。「これじゃ食えないや……どうも、あいつらがいないと調子狂うな」
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