８
いくつかのボートはひっくり返され、夜には分解されてテントになった。
都市熱もなく、台風もどこかへ消えてしまった晴れあがった夜空には、ミルクで描いたような天の川がくっきりと横たわる。
難民たちは身を寄せあい、久しぶりに手足を伸ばして安逸な睡眠をむさぼっていた。風にボートの切れ端がぱたぱた音を立てるのも、心地よい子守唄になるようだ。
そして騒ぎが起きたのは真夜中だった。
最初は地震と思えないかすかな揺れだけだったが、セフィロスは目をあけ、むくりと起きあがった。
それは次第に大きな音となり、どんどんと大地を揺らしてくる。
さすがに次々と人々が目を覚まし、ざわめきはじめた。
それぞれが夜闇に目を凝らし、不安な震え声で訊ね、訊ねられ、彼らはやっと自分たちが前人未到の地にいるのだということに思い至る。
ひとつ悲鳴が起これば、すぐさまばたばたと慌てふためく彼らだった。
「やかましい、静かにしろ！」セフィロスは叫び、音の響いてくるほうを探って見まわした。
内陸からそれは近づいてきていた。
どん、どしん、どしん、と重い足音にも似た断続音。
そして彼の目には、闇の中にばかでかい図体を上下させ、鉄巨人が不器用に走ってくるのが見えた。
セフィロスはしばらくのあいだ、まばたきを繰り返す。なぜ、あのモンスターは走っているのだ？
鉄巨人は見た目どおり、かなり重い。走ったり飛んだり跳ねたりなどしているところなど滅多に見たことがなかった。
いや、あのモンスターが襲ってくるときには大抵、とっとと斃してしまうせいで目撃したことがないだけかもしれない。
とにかくなぜ、あの鉄巨人は走っているのか。
彼は慎重に様子を見ることにした。
鉄巨人はさらに大地を揺らし、地面にくっきりと足跡を残しながら駆けてくる。
そしてセフィロスの前を素通りしていった。
彼は、徐々におさまる振動とともに駆け去っていくモンスターの後ろ姿を見つめた。
「待てってば、あんたをどうこうしようってんじゃないんだって」聞き覚えのある声が鉄巨人と同じルートで走ってくる。
振り返れば、アルテマウェポンを手に突進してくるチョコボ一匹。「ちょっと、おれのお願い聞いてくれればいいんだっていうのに、どうして逃げるんだ」
「クラウド！」セフィロスは目の前を走りすぎようとする彼に、慌てて叫んだ。
チョコボは急ブレーキをかけ、勢いよく振り返る。「……セフィロス？」
彼は眉を寄せた。「なにをしているのだ、とっくにサファリアイランドに到着しているものと」
「セフィロス！」彼はアルテマウェポンを放り投げるようにして消すと、今度は彼のほうへと駆け出してきた。
泣き出しそうなほど顔をくしゃくしゃにし、両手を広げて抱きついてくるその光景に、セフィロスは凍りつく。
これはなんの夢だ。
「セフィロスうう」クラウドはしっかりと彼に抱きつき、ぐりぐりとチョコボ頭を押しつけてきた。「取ってくれ、頭！」
「……頭を取れとは？」
「頭に、おれの頭に、おれの嫌いなのがいるんだ！」
セフィロスは、つんつんと跳ねた髪の毛のあいだにしっかりとしがみついている、それはそれは小さなカエルを見出した。
「ミニマムかけて踏みつけようと思っても、こいつすばしっこくて、髪の毛に紛れられて、どうしようもなくなったんだ」クラウドは弱々しく訴える。「見かけるやつに片っ端からお願いしてるんだけど、誰も彼も逃げちゃってさ」
セフィロスはカエルを摘まみあげた。「ザックスではないか」
怒ったように後ろ脚でキックをしてくるカエル。もちろんセフィロスの顔にも届きはしない。
「ざっくす？」クラウドは鸚鵡返しに訊きながら、摘まみあげられたカエルを涙目で見あげた。「ザックスだって？」
「これは瓶の中に詰めこまれていたのだろう？」
「うん、そう」
「エスナ」
途端に彼らの目の前にハリネズミ頭のソルジャーが出現する。
「てめええええらあああああ」彼は低く唸った。
「なんだよ」クラウドは元気になってセフィロスから離れ、腕組みしてふんぞり返る。「わざわざカエルになんかなって、あんた、おれにいやがらせか？」
「ちっがーう！」ザックスはバスターソードを引き抜いた。「セフィロスに問答無用で瓶に詰めこまれたんだ！」
「悪かったな」彼は棒読みに呟いた。
「それとクラウド」彼はバスターソードでチョコボを指し示す。「おまえどうして、おれだって気がつかねえんだよ！」
「カエルを、そうじっくり見るもんか」
「食えるかどうか、じっくり悩んでたくせに！」
セフィロスはチョコボ頭を見おろした。「食うつもりだったのか？」
「えっと……腹減ってたし。でもグラナトゥムがだめになるまでは」
「おれのこと、しつこく追いかけまわしやがって！」
「だって、カエル嫌いなんだ」
「だからって、アルテマウェポン出すこたねえだろ」
「何事も全力でぶつからないとな」クラウドは拳を握る。
「じゃあ、全力で仕返ししてやる！」ザックスは大きく剣を後ろへ引いた。「画竜点睛！」
ほう、クラウドの技をマスターしたのか。ときどき、こいつは侮れんと思わせることをするものだ。
しかしザックスの大振りの太刀筋は、クラウドにとってもセフィロスにとっても至極読みやすい。
ふたりは左右にぱっと後退し、剣閃から生まれた竜巻は難民たちを巻きあげ、海に叩き落としたのだった。
＊＊＊
ザックスはちょっとだけ反省した。
でもよ、頭に来てたし、疲れてたし、ついでに腹も減ってたし、なんでおればっかりこんな目に遭わなきゃならないのかって、かなりぶち切れてたし、クラウドやセフィロスの態度見てたら我慢できなかったんだ。
すまんなあ。
ところで、船が沈んだ原因を聞くと、クラウドは召喚獣、及びセフィロスをこき使って、難民たちを無事サファリパークへ届けさせたものだ。
カーバングルが謝るように彼の周囲で踊りまわり、リバイアサンが軽い津波を起こしてボートを繋ぎあわせた大筏を運んだ。周囲に出没するモンスターはセフィロスが面倒臭がりながら追い払った。
ただテュポーンはまったく反省しておらず、気まぐれに竜巻を起こして遊んでいたものだ。クラウドはバハムートを呼んで、ふたつ頭の召喚獣をジェット気流に放り出した。
そして彼らは難民たちと別れて早々にエスタ内陸へと移動し、そこでクラウドは召喚獣たちをあらためて呼び出し、しつこく説教していた。
「まったくもう、どうしてそう、おれのいないところで暴れるんだ。運動不足なら、おれが相手してやるって、いつも言ってるのに」
ザックスの目には見えないほどのエネルギーのかたまりにまで小さくなった召喚獣たちは、どうやら、もじもじとなにやら蠢いたらしい。
「うん、まあわかるけどさ」クラウドは大きく溜息をついた。「だからって、セフィロスなんか、からかってもしょうがないだろ」
「俺はからかわれたのか？」セフィロスはクラウドを膝に載せていた。チョコボ頭をさりげなくいじりながら、あたりに集まっているらしい召喚獣をぐるりと睨みまわす。
「あんた、からかいがいがあるからな」クラウドは頷き、ちょっとだけ不審そうに眉を寄せた。「ところで、なんであんた、おれを抱っこしてるわけ」
「構わんだろう？」
「構うっていうかなんていうか、いままでこんなことしなかったじゃないか」
「イワトビペンギンに教えてもらったのだ」
「はあ？」
「こうしていると安心するのだと」
「誰が？」
「おまえが」
「おれ、なにも不安なんかないよ」
「いいから、やらせておけ」
「……変なの」
まったくだ。変なことを覚えてきやがって。
ザックスは彼らの横で寝転がりながら、周囲の空気がかすかにざわつくのを感じていた。
セフィロスが機嫌いいのは平和でなによりだが、今度は召喚獣たちが面白くなさそうだ。
また台風にならなきゃいいけどな。
とにかく、この件でおれたちは、まだしばらくは離れていられないという結論に達した。セフィロスをひとりにしておくとなにをしでかすかわからないし、クラウドは調子っぱずれになる。おれはといえば、心配で心配で、このふたりから目が離せないというわけだ。
ま、かなり長いあいだいっしょにいるもんだから、別行動するにも違和感が残るよな。
「じゃあ、今度は三人で世界一周旅行といこうぜ」ザックスは夜空に向かって呟いた。
クラウドとセフィロスが同時に彼のほうへと顔を向けてくる。「またか？」と仲よく声までそろえたものだ。
いいじゃねえかよ、何百周したって。
なあ？
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