SOLDIERS

８　突撃

　受付のカウンターに坐って足をぶらぶらさせ、レノは目の前の大騒動をぼんやりと眺めていた。
　ツォンの呼び出しに、ちょっと遅刻したらこれだもんなあ。
　英雄セフィロスは到着するソルジャーを片っ端から振り分け、非常階段と外側の高架道路へと走らせている。念のためだろうが、各エレベーターのドアには数人の警備兵も配置していた。そのうえ、スキッフの要請もしているところからすると、屋上から社長室も通るつもりらしい。そして英雄さまご自身は非常階段に突進していったものだ。
　あの英雄さん、やるときは極端にやるんだよな。こんな大騒ぎしなくても、テロリストなんて話だってなんかの間違いじゃないのかな、と。調査課の情報じゃ、おもだった反神羅勢力、どこもかしこも全然、そんな動きはなかったように思うんだがな、と。
　だいたい、三十階を直接狙うなんて、しかも英雄さまが留守のときにそんなことしたって意味ないじゃないか。
　まあ、そのへんは彼も妙だなとは思ってるんだろう。なんたって、まだまだ顔が真剣じゃなかったぞ、と。
　英雄さんが真剣な顔をするときってったら、例えばチョコボを捕まえようとしていたあのときの……ああ、いかん、いかん、思い出し笑いするところだぞ、と。
　そういや、チョコボ、どうしたかな。確か英雄さんに引き取られて可愛がられてるはずなんだが。そばには見あたらなかったが、まあ、おれの勘じゃ、この騒ぎのどこかに紛れてるだろう。あいつはそういうものを引き寄せる体質してると思うんだぞ、と。
　彼の背後で受付嬢が変わらぬ美声でマイクに向かって喋っていた。「お呼び出しを申しあげます、ジュノンのレノさま、お近くの内線までお越しくださいませ。繰り返し――」
「おれだぞ、と」レノは振り返った。
　受付嬢はマイクを切り替え、ヘッドセットをこちらに突き出してくる。「六十階、ツォンさまからです」
　頼むから、ねちねちと説教はよしてくれよ。「あい、レノですよ、と」
『至急、非常階段で五十八階まであがってくれ』
　おれを酸欠で殺す気かな、と。「なんで」
『若君が部屋にいない』
「……さいですか」やれやれ。
『それから、おまえ宛に主任の指示だ。チョコボを確認しろと。いったい、なんのことだ？』
　やっぱりな、と。「タークス・レノ、非常階段突入しまっす」
　レノはヘッドセットを放り出し、兵士たちの中に紛れこんだ。

＊＊＊

　セフィロスは数人の1st、そして歩兵とともに非常階段を驀進した。
　まったく、どうせ大山鳴動して鼠一匹という破目になるのだろうが、警報が鳴った以上、これだけやっておかないと、あとで社長がうるさいからな。
　非常口に辿りつくたび、ドアを壊して中に数人を入れ、不審人物を確認していくという非常に時間のかかる手間をかけているので、その歩みはなかなかはかどらない。
　だいたいが、各階にいるのは一般社員ばかりで、後ろめたいことがあるのかないのか、とにかくびくびくと両手をあげて投降してくる。中にはこちらが強盗かなにかと勘違いしているのか、全財産の入った財布を投げつけてくる者もいた。
　まったく、余計な説明をしている暇などないというのに。
　ところで、八階にはマイペースに俺の前事務官に餌をやっている総務部長しかいなかった。チョコボの行方を訊けば、六十八階にチップを届けに行ってもらったと言う。
「すみません、でも、考えてみればあんな小さな子に保全許可が出るわけないですよね。あとで気がついたんですが、どうやってお知らせすればいいものか」総務部長はまるまるとした手をこすりあわせながら、へらへらと言いわけしたものだ。
　いや、保全許可なら与えたはずだ。ただ、あいつが自分のＩＤカードを使えるかどうかはチョコボのみぞ知るだな。五十九階で突っかかっているのならいいが、うっかり六十八階にあがって宝条に首輪を嵌められていたりしては、ちと困る。餌付けされでもした日には、胃洗浄して消毒薬の風呂に入れなくてはならなくなるからな。
　八階を出て、九階、十階とのぼるうち、セフィロスのいらいらはつのってきた。「ええい、貴様ら、何人か先行してドアを壊しておくとか、斥候に出るとかいう者はおらんのか！　ぞろぞろと俺のあとをついてまわりおって」
「しかし、その命令がありませんでしたので」
「命令だ」
　何人かが彼を追い越し慌てて駆けあがっていくのを見ながら、セフィロスは吐息を抑えた。まあ、いまは仕方がないか。組織改変したばかりで、この連中も、いったい自分が機動隊所属なのか、ソルジャー部隊というものに入るのか、てんでわかっていない者も多い。オリエンテーリングもしていないのだから当然の混乱だろう。
　だが、やはり、いまのソルジャーたちは質が悪すぎるぞ。
　養成部隊を新設して正解と言いたいところだが、そうして訓練した者が一人前になるのに、あとどのくらい年月が必要になるか。それまで、この動きの鈍い連中にどうにかして油を差してやらんとならん。考えていると気が遠くなるな。
「閣下、ペンキが放置されていますが」上方から確認の声が聞こえてくる。
「撤去しろ！」セフィロスはうっかり放ちそうになるフレアを抑えこんだ。さすがにこんなところで爆発させるわけにはいかん。
　そのとき、下のほうから、「と、と、と」という掛け声のようなものが聞こえてきた。同時にソルジャーたちの困惑と驚愕のさざ波が起こる。
「はい、ごめんよ、ちょいと頭の上、失礼しますよ、と」
　狭い非常階段を埋めつくすようにしているソルジャーの肩を頭を背中を乗り越えながら、ひとりの痩身の少年があがってくる。黒い調査課の制服だ。
　少年は道なき道を模索するのに忙しく、彼の足が誰の顔を踏もうが、蹴り飛ばそうが、お構いなしにのぼってきた。
　そしてそのままセフィロスの頭も踏み越えていく。
　踏み越えてから、やっと空(す)いたとばかりに階段に跳びおり、踊り場をターンして少年はこちらを見おろしてきた。「おおっ、すんません、英雄さんの頭、踏んづけちまいましたかな、と？」
「しっかりとな」セフィロスは、むっつりと応えた。
「ああ、すまん、すまんぞ、ととっ？」彼はなにかにつまづき、そばにいたソルジャーたちを巻きこんで転倒した。
　がらがら、がらん、と派手な音が非常階段の上から下まで響き渡り、どうしたと顔をあげたセフィロスの目の前には、クリーム色の缶とあいた蓋から飛び散りかけている同色のペンキが迫ってくる。
　頭からかぶるのは咄嗟に避けたものの、さすがに被害がなかったとは言えなかった。
　セフィロスの黒コートはすっかり白くなり、背後に続いていたソルジャーたちの幾人かはペンキをまともにかぶって、顔や目を押さえながらのたうちまわっている。
　セフィロスはしばらくのあいだ、階段をのぼるのも忘れて立ちつくした。
「……この赤毛の尻尾族、俺にクリーム色が似合うとでも思っているのか？」
「すんませんっと」少年はソルジャーたちを突き飛ばし、瞬くまに逃げていった。
　セフィロスはすかさず追うことにした。