９ 迷子たち
クラウドは狼型のモンスターを随え、ルーファウスと並んで広いフロアをぐるぐると歩きまわった。
照明のスイッチを探していたはずだったが、途中からどうも、ルーファウスにとっては歩きまわることのほうが最優先だったらしい。暗いところが嫌いだから動きたくなるんだろうか。
ところで、モンスターについてはすぐに問題は解決した。ルーファウスは最初こそ怖がったものの、クラウドと狼とで咬みつきあってみせると、仲間に入れてもらいたくなったらしいのだ。どこか諦めたような表情で、「よろしくな」と彼は言った。ついでに、「俺は食わないでくれ」とも哀願していたけど。
でも、まだなんだかぎこちないよな。やっぱり友達じゃないからかな。
ルーファウスはちらりとモンスターを見おろし、こほんと咳払いした。「俺も一匹、黒いのを飼っているのだ」
クラウドは首を傾げた。「そいつ、卵産むのか？」
「なぜ、卵」
「だって、卵とかミルクとか、そういうのもらうために世話するんだろ」
「家畜ではない。俺の飼っているのは犬だ」ルーファウスは両手を広げた。「このくらいの立派な猟犬だ。黒くて、しなやかで、とても速く走るんだぞ」
「すごいな」
「すごいだろう」ルーファウスはちょっと機嫌よくなって、ふふんと鼻を鳴らした。「今度、見せてやろう。おまえのモンスターより強いからな」
「おれのモンスターじゃないよな」クラウドは狼を見おろした。「こいつ、迷子なんだ」
「俺たちも同じようなものだぞ」
「そうか」
「そうだ」
クラウドはまた狼を見おろした。
ところが、モンスターはどこかあらぬほうをじっと見て気配を殺している様子。
「なにかあるのか？」クラウドはしゃがみこみ、狼の隣で同じ方向を見た。
ちらと白いものが薄暗がりに閃く。
狼が吼えた。
その白いものはびくっとしたように飛びあがると、やたらでたらめに走りまわり、結局、こちらへ猛ダッシュしてくる。
ぴょんと跳びあがったところを捕まえてみれば、小さなネズミだった。
「……なぜ、この神羅ビルには人間以外のものがこうも棲みついているのだ？」ルーファウスが隣にしゃがみこんできて、溜息まじりに呟いた。
クラウドは怯えているらしいネズミを撫でてやりながら彼に目を向ける。「そんなふうに邪魔にするもんじゃないよ。こういうときは、みんなで助けあって生きていかなくちゃな」
「ネズミと？」
「うん、モンスターも、狼も。それに、エレベーターもビルも、みんなだよ。たまに喧嘩するけどな」
「モンスターの場合は、しょっちゅう喧嘩しているように思えるが」
「モンスター同士は仲いいぞ」
「人間とは仲が悪いだろうが」
クラウドはちょっとしょんぼりした。「うん……でも、おれは喧嘩しないぞ。あ、でも、腹減ったらするかも」
「なぜ、腹が減ると？」
「だって、腹減ると怒りっぽくなるじゃないか」
ルーファウスは天井を仰いだ。「きっと、これは夢だな。俺は長い夢を見ているのだ。そうでなければ、なぜモンスターとチョコボとネズミといっしょに、こんなところで語りあっていなければならんのか説明がつかん」
「チョコボって、どこに？」
ルーファウスは応えなかった。
＊＊＊
セフィロスが追いついたとき、少年は五十八階の爆破されて壊れたドアの奥へと転がりこんでいた。
「た、助けてくれ、ツォン、と！」
叫んで隠れこんだ先は、やはりタークスの制服を着た、長髪を後ろで縛っている軟弱そうな男の背中だ。
続いてセフィロスがフロアを進んでくると、ツォンというらしいその上司はおもむろに彼のほうへと向きなおった。「私の部下が、なにか？」
「俺のこの格好を見てわからんのか？」セフィロスはちらりと正宗を振ってみせた。
ツォンはゆっくりと頷く。「イメージチェンジなさったようで」
本気で言っているのか、こいつは。
「ところで、テロリストをお探しのようですが」ツォンは変わらず平板な声で続けた。
「ふん、そんなものがいるとは初めから思っておらん」
「でしょうな」ツォンはまた頷いた。「リーブ部長から、いま重要な情報を聞いたばかりです」
リーブというと、確か……むう、思い出せんな。
ツォンはつけ加えた。「都市開発部門を統括なさっているかたです」
「ああ、そうだった。ミッドガルを造ったやつだったな」
「それで」と彼は足もとに目を落とした。
セフィロスも視線を移せば、そこには小さな黒猫が顔を洗っている。
ツォンはその猫を指し示した。「彼が通風孔を利用して、あれこれと捜してくださいましてね」
「なにをだ」セフィロスは眉を寄せた。どうでもいいが、なにかと話を出し惜しみするやつだな。
「ルーファウス副社長です」
「あのどら息子は五十八階で拗ねているのではなかったか？」
「それが、チョコボ頭の少年といっしょに五十五階で迷子になっているとのことで」
なぜ、あれが副社長といっしょにいるのだ。六十八階に行ったのではないのか？
いや、おそらく階を間違えたのだな。そう考えれば、なるほどと思えるところが少し情けない。お使いも満足にできんとは……やはり取ってこいから躾けんといかんのか。
セフィロスはきびすを返した。「では、五十五階へ突入する」
「警報は三十階でしたが？」
「俺の部屋のセキュリティドアをくぐれる者は、俺ともうひとりしかおらん。そのもうひとりは五十五階をうろついている。だいいち、三十階の俺の部屋に押し入ってなにを盗(と)ろうというのだ。ミディールから取り寄せたハーブティーか？」
「もしかして、チョコボを盗もうとしたのかな、と？」
セフィロスはじろりと肩越しに睨んだ。尻尾のある少年が慌ててツォンの陰に隠れる。
あれは何者だ。なぜ、俺のチョコボのことを知っているのか。
ツォンが初めて無表情を崩し、怪訝そうに部下を振り返った。「本当に、そのチョコボというのはなんだ」
「いやいやいや、口を割ったらヴェルドさんに裂かれちまうんだぞ、と」
なるほど、ヴェルドの手先か。
セフィロスは非常階段へと戻り、やっとこさのぼってきたソルジャーたちに命令した。「五十五階の扉を破壊して中に踏みこめ。副社長、及び同行者には危害を加えるな」
ソルジャーたちはほとんどなだれ落ちるように階段を引き返していく。
セフィロスはそのあとを悠々とおりていった。
居場所がわかれば、あとは回収するだけだ。重役どもにお持ち帰りされていなくて、まずはひと安心だな。
＊＊＊
エアリスは五杯目のレモンティーをすすっていた。
カレンはアーモンド・オ・レからカフェ・オ・レに切り替え、さらにミルクは飽きたとジンジャーエールを頼んでいる。
チョコチップクッキーを摘まみながらエアリスは曇天を見あげた。「ザックスもミリーも戻ってこないね」
「どこをどう走りまわってるか知らないけど」カレンがストローで氷を突つく。「そろそろ帰ろうか？」
「そうねえ」
エアリスは店内を見渡し、ディナーセットの仕込みをしはじめたマスターの、そのむこうにある壁掛けテレビを見つめた。
神羅ビルが大映しになっていて、アナウンサーが興奮したように喋っているが、遠くてなにを言っているかは聞こえない。
そして彼女は自分の籠の中のものに目を移した。ウォールマーケットで買ったドレスの青い色が見える。ああ、これの修繕をして可愛く仕上げておかないと。
なんだか、今日は無駄な時間使っちゃったな。いっぱい食べたし、夕飯、お腹に入るかしら。
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