SOLDIERS

12　引越し

　週に一度か二度、ミッドガルからカームへ、そして港を経由してコスタ・デル・ソルまで、ひとつのキャラバンが組まれる。
　ミリーはここに着いたときとほぼ同じ格好でミッドガルゲートに立っていた。違うのは、ミッドガルの青少年管理補導官という眼鏡をかけたおばさんがいっしょだということだ。
　この人はコスタ・デル・ソルまでついてきて、その先はコスモキャニオンから来た先生がミリーをちゃんとゴンガガへ届けてくれるという。
　子ども扱いは気に入らないが、結局、彼女はミッドガルでなにもできず、泣きわめき、みんなに迷惑をかけただけだった。ザックスに仕返ししたあとは都会の子として生きるつもりだったんだけどな。
　でも、考えてみれば都会の子なんてどこにもいないんだ。誰もが初めてのことには無知だし、右も左もわからなくて泣きわめくことしかできない赤ちゃんなんだもの。
　彼女は見送りにきてくれたエアリスとカレンに笑いかけた。「いろいろ、ありがとう。迷惑かけてごめんね」
「いいのよ」エアリスが優しく、にこりと笑ってくれる。「あなたが迷惑かけたのは、どちらかといえば神羅の英雄さまみたいだし、ミリーのこともザックスのこともまったく表沙汰にしないですませてくれたしね。ああいう人なら全然気にしないわよ、たぶん」
「そうそう」カレンも頷いた。「もし、しつこく気にしてるようだったら、ザックスに代わりに殴らせとくからさ」
　それって、なんの代わりなのかな。
「あたし、ザックスについてもずいぶん誤解してたみたい」ミリーは苦笑した。「入院してるなんて、そんなに身体を壊してるなんて思わなかったの。大事にしてって言っといてね」
「ううん」エアリスが曖昧に頷く。
　キャラバンの出発の笛が鳴り、ミリーはトラックの幌に掴まりながら大きく手を振った。「ありがとう、またね」
　エアリスもカレンも小さく手を振って応えてくれた。
　トラックはのろのろと出発する。
　きらびやかな鋼鉄都市はどんどん遠ざかり、その威圧感も存在感も薄れていく。
　ミリーはもう一度、手を振った。
　さよなら、ミッドガル。
　………。
「またね、だって」とカレンがうんざりしたように呟いたことを、ミリーは知ることもなかった。

＊＊＊

　ザックスは一週間後、夢見心地のままに解放された。
　でもよ、おれ、いつのまに科学部門に出頭したっけ？
　ここんところ、なにがあったんだか全然、記憶がねえや。
　彼は社長室に立って、宝条博士とハイデッカー、それにセフィロスが並ぶ前で社長からさまざまなものを受け取っていた。
　1stの制服や新しいＩＤカード、さらに辞令。今度は内定ではなく本式のものだ。
　ああ、やっぱりセフィロスの下でこき使われるわけね。
　なんかもう、辞めるって気分もなくなっちまったな。もしかして、1st施術中、そういう暗示でもかけられるのか？
　ひととおりの祝辞と激励の言葉を頂戴すると、ザックスはセフィロスとともに神羅ビルを出た。
　出てから軍施設に向かう途中で、ザックスははっとする。「あれ？　三十階じゃねえの、おれの仕事部屋？」
「引っ越したのだ」セフィロスは言い、すたすたと門をくぐると、やがて見覚えのない新しいプレハブ建築へと辿りついた。
　英雄はその薄いドアをあけにくそうにあける。どうやら、あまり建てつけがよくないらしい。
「あのよう、もしかしてあんた、左遷させられたのか？」
「なにを言っておるか」セフィロスはじろりと肩越しに睨んでくる。「仕事は山のようにあるぞ。ソルジャー人事の再編、特殊部隊の編成からソルジャー式訓練メニューの作成、緊急事態の司令系統の整備、数えあげればきりがない」
「でもよ、なんでプレハブ？」
「仮住まいだ」とセフィロスは右手のほうを指し示した。
　見れば、なるほど、十階建てぐらいの工事中の建物がある。
「できてから移ればいいのに。この真夏に暑くねえ？」
「1stになったならわかるだろうが、そんなものは関係ない。気の持ちようだ」セフィロスはプレハブの中に入っていった。
　ザックスは慌ててあとを追う。「おれ、そういう心頭滅却してってやつ、あんま得意じゃねえんだけど」
「べつに心も頭も滅ぼさんでいい」セフィロスは面白くもなさそうに応えてから、部屋の隅に積みあげてあるデスクと端末、そして椅子を指し示した。「好きなところへ組み立てろ。ついでだから言っておくが、おまえは単なる雑用係だ。チョコボとサルでも、それぐらいの仕事はできるだろうからな」
「へいへい……ん？」ザックスは溜息をつき、あたりを見まわした。「チョコボって、なんだよ？」
　セフィロスは黙って親指を横に突き出す。
　それと同時に、ピーという端末のエラー音が鳴り響いた。
　セフィロスがその音に振り返る。「またエラーを起こして遊んでいるな。いいかげんにせんか」
「だって面白いんだ。音が出るんだぞ、この箱」
　ザックスはそちらに歩み寄り、端末のモニターに肘をかけてそのむこうを覗きこんだ。「あれま、野生児じゃないか。なんで、こんなところにいるんだ」
　チョコボ少年はきょとんと顔をあげ、ザックスをしばらく見つめてから、どっかで見たことあるかもしれないかなというように首を傾げた。
　まったく、挨拶もなしかい。おれの手を二度も咬んでおいて。
「これのブリーダー役を押しつけられてな」セフィロスは軽く片手を投げた。「クラウド、カップを取ってこい」
　チョコボはぴょこんと立ちあがると、隅にある段ボールの中から丸い白いものを取り出して持ってきた。
「これは皿だ。俺は食べたいのではなく飲みたいのだ」
「初めからそう言ってくれればいいのに」
　クラウドが往復しつづけ、カップがひとつずつ増えて三つそろうと、セフィロスは簡易ガステーブルから薬缶を取りあげ、そのままじゃばじゃばと琥珀色の液体を注いでいく。
　てか、天下の英雄がお茶汲みか？　ここ、どういう部門だよ。それと、薬缶に茶葉をダイレクトに入れるってのは、ちょっとアバウトすぎないか？
「あのよう、まともにお茶を淹れられる女の子とか雇う予定ない？」
「それは見ていて楽しいものか？」とセフィロス。
「友達になれるか？」とクラウド。
　ザックスは首を捻った。「そのへんは、まあ、個人の好みってあるし」
「それならいらん」
「友達じゃないならいいや」
　なんなんだ、こいつら。
　どんとカップをデスクに置かれ、茶滓がぷかぷか浮いているその紅茶を、ザックスはまだ寝惚けたような目で見つめていた。
　おれ、紅茶の淹れかたをエアリスから聞いておいたほうがいいかもしれねえな。
　というか、苦労して1stになってよう、なんでお茶汲みから始めなきゃならねえんだか、説明してくれる親切な人はいねえのかな。
「飲まんのか？」セフィロスがじろりと睨んできた。
「いや、まあ、せっかくだからいただきます」
　施術が終わってから初めて口にする飲みものだ。どんなふうに味覚がおかしくなってるのか知らねえが、結構、うまかった。
　ような気がする。